万徳寺・太子堂・聖徳太子絵伝

 太子山万徳寺は浄土真宗高田派に属す。正応元(1288)年に海円によって開かれた。かつては豊田市猿投地区に万徳寺があり、赤津へ移動したため元の場所を「越戸」と呼ばれるようになったという。赤津に移った当初は太子堂だけの小規模な寺院であったと考えられるが、寺に伝わる『松原広長寄進状』によれば、寛正5(1464)年に松原広長が田畠・寺域、『聖徳太子伝暦』5冊・『聖徳太子絵伝』4幅を万徳寺に寄進するとともに寺の客殿・太子堂の建立も行ったとされている(寄進状・聖徳太子伝暦・同絵伝はともに市指定文化財)。太子堂の左手には、文明14(1482)年に合戦で自刃した松原広長の首を納めた松原塚がある。旧暦7月22日は太子の縁日であるため、現在は8月第4日曜日に太子祭りが行われている。
 万徳寺に伝えられる『聖徳太子伝暦』『聖徳太子絵伝』は、聖徳太子信仰を重視する真宗の中でも数多くのものがみられるが、定型的な「真宗系」のものとは異なる「南都系」に属し、満性寺旧蔵絵伝を写したものと考えられる。その後、享禄~天文年間(1528 ~ 55) には戦乱により堂宇が消失したとされ、永禄9(1566) 年の「山田庄赤津郷太子堂」名の鰐口は運び出されて三重県名張市の薬師寺に伝えられ今日に至る。

アクセス
電車  名鉄瀬戸線 尾張瀬戸駅より徒歩35分
車    せと赤津ICをおりて3つ目の角を左折し現地へ。
瀬戸市塩草町93