安戸坂・大慎山の戦い、陣屋

昭和4年刊行の瀬戸市現勢全図に記載された若狭洞・安戸坂

 桑下城主の永井(長江) 民部は、文明14(1482) 年に、今村城主の松原広長との合戦を行った。永井氏ら品野勢は現在の品野2丁目の全宝寺境内地であったとされる阿弥陀ヶ峰に城塞(阿弥陀峰城)を築き、松原氏ら今村勢は現在の效範小学校付近を出発点に、尾張から東濃に続く街道沿いで合戦は行われ、品野勢が今村勢を安戸坂まで追い落とし、現在の小金町付近での松原広長の自刃によって終結した。広長の自刃は「若狭洞」でなされたと伝えられ、この地は別名「殿死洞」とも言われる。主戦場は、阿弥陀峰の西側の大槇山であったとされている。安戸坂の南西寄りに松原広長らが陣を張ったとの言い伝えから、この地を陣屋と呼んでいる。

参考文献
愛知 正敏1990『松原広長公 尾張今村城主物語』中日出版社 愛知県郷土資料刊行会