徳川義直・源敬公(徳川義直)廟

 徳川義直は、尾張徳川家初代藩主。慶長5(1600)年に徳川家康の九男として生まれ、慶長12(1607)年に兄松平忠吉の遺領を引き継いで尾張藩主となり、家康没後の元和2(1616)年に名古屋城本丸に入った。義直は文教に志し、嗜みとして武芸を好み、領内で狩猟を行っている。特に義直の水野周辺での狩猟は、大々的に行われ、この地についての深い思い入れが、その廟所選定の要因ともなったといわれる。武術については、柳生利厳より新陰流剣術を学び、利厳から新陰流兵法の相伝を受けている。慶安3(1650)年5月7日に江戸市ヶ谷藩邸で死去し、その亡骸は27日に定光寺に到着した。
  源敬公廟は、慶安3(1650) 年に没した尾張徳川家初代藩主の徳川義直の墓所である。慶安4(1651) 年に墳墓・石標、承応元(1652) 年に竜の門以奥の門( 唐門)・殿舎( 焼香殿・宝蔵)・築地塀が完成し、元禄12(1699) 年に獅子の門が建てられた。昭和12年8月25日に国重要文化財に指定され、焼香殿・宝蔵・竜の門・獅子の門には建造物保護のため側面に鞘が取付けられている。徳川義直は儒教の影響を強く受け、死に際しても他のほとんどの諸大名が仏式の墓を築く中、仏式の法名を受けることを拒み、霊廟は儒教式の建築となった。設計は、明から帰化した陳元贇によるものと伝えられ、儒教の礼制に基づく建物配置と殿舎の銅葺瓦に魚形の正吻や蕨手を乗せるなど、中国風の意匠が一部にみられる。江戸時代前期における中国建築の理解の実態を示す事例として興味深い建造物群である。

アクセス
電車 JR中央線定光寺駅から徒歩23分
車   東名高速道路守山PAのSICを下りて、県道15号線を高蔵寺方面に向かい、定光寺駅を目指し直進。定光寺駅で信号を右折し、現地へ。定光寺本堂の右脇から廟への参道が続く。
駐車場 有(無料)
愛知県瀬戸市定光寺町373