今村・やんちゃ馬・八王子神社

 瀬戸市西部に位置する今村は、瀬戸市域の西端にあり、現在は效範連区と長根連区に分かれている。江戸時代の『張州雑志』には「此村、古へ横山ト云、後改之」とあり、古くは「横山」と呼称したようである。今村は4つのシマに別れ、瀬戸川左岸に寺山と市場でここが本郷(現在の長根連区)、北の右岸側の川西・北脇(現在の效範連区)とで構成され名古屋から飯田に結ぶ信州飯田街道が通る。
 今村の4シマは、氏神である八王子神社の秋季例祭の折に各シマから飾り馬を献馬しており、古来よりの郷祭りの形態が残っている。標具は、鞍の上に木組みの勾欄を載せ、その周囲を標具巻きで巻いて、上に杉葉をのせて各シマで異なった飾りつけを行う。寺山は白・緑・赤の御幣の束を多くつけ、市場は白・紫・黄・緑・赤の御幣の束を多くつけ、標具としている。川西は南北で2頭献馬し、北は「八王子」と記した高札はんげに白2段の御幣の束と黄白赤の御幣の束各3本、南は緑・黄・紺・白・赤の御幣の束を載せている。北脇は「八王子」と記した高札はんげとその左右に日章旗・日の丸を配す(飯田2001)。市場は平成24(2012)年までで献馬を休止するなど変化を生じているが、毎年4頭の献馬がなされる秋祭りは瀬戸市で唯一の規模である。
 献馬する祭礼は、年ごとに全体を取りまとめる当番ジマが移り、そのシマを「やんちゃ」といい、献馬するものは極端な仮装をする。献馬行事そのものを「やんちゃ馬」といったりもする。これはかつて猿投神社祭礼の折に山口合宿に加わっていた頃、途中で馬が言うことを聴かなくなり隊列から遅れてしまったため、合宿用の「矢車」の標具を外して奉納したことがもとで、それ以降献馬する若集は照れ隠しのため田舎くさい化粧をしておどけながら献馬するようになったことに由来するという。
 「やんちゃ馬」が奉納される八王子神社の祭神は須佐之男命の八王子(八柱獅子)が祀つられている。創建は1473(文明5年)年。文明5(1473)年この地の城主、松原下総守広長公が城外の浮地を選んでこの社を勧請造営した。広長公が文明10(1478)年に戦いに敗れた後は矢野氏が維持修繕をしている。尾州誌志には「八王子の社、今村に有り。5男3女神を祀り天照大御神素盞嗚尊を配享す」と記されている。社伝に文明5(1473)年9月松原下総守広長が造営したといわれる熊野三神及び天照大御神の末神がともに祀られている。

参考文献
飯田淳史2001「今村」『瀬戸市史民俗調査報告書1 幡山・今村地区』瀬戸市

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