セトノベルティ

 ノベルティは陶磁器でつくられた置物や装飾品を指す言葉として使われています。英語では「NOVELTY」と書き、本来は「目新しいもの」「珍しいもの」「新案の商品」などの意味を持つ言葉です。また、和製英語としては「広告の入った景品」などを指す場合もあります。 瀬戸では鎌倉時代からつくられるようになり、江戸時代から明治時代にかけての土型・木型による置物づくりへとつながっていきました。
 明治時代になり石膏型による成形方法など西洋からの新技術が導入され、製品の量産化に向けた環境が整っていき、明治時代後期にノベルティづくりがはじまりました。 初期の「セトノベルティ」は、ポン割とよばれる単純な二つの型でつくられる浮き金魚やインド人形などの玩具類が中心でした。  
 大正時代に勃発した第一次世界大戦によりノベルティ生産国のドイツからの供給が途絶えたアメリカからの注文を受ける形でビスク人形の生産を開始したのが世界進出の足掛かりとなりました。
 そして、昭和9(1934)年には、山城柳平によって丸山陶器ご王命会社が設立され、セトノベルティ生産をリードしていきました。
 しかし、日中戦争・太平洋戦争が始まると状況は一変し、戦時中は生産が途絶えてしまいました。
 戦後になると戦前以上にノベルティ生産は盛んになり、戦後の瀬戸窯業界をけん引するまでになりました。また技術も進歩し、戦後すぐには18インチの大型人形の製造にも成功しました。
 昭和時代後期になると、ヨーロッパのノベルティの模倣から脱却した独自の製品づくりが進められ、造形や絵付けの精巧さは世界中で高い評価を得ました。
 1960年代以降、300社を超えたノベルティメーカーも円高などによる受注減で現在は約10分の1になりましたが、約100年培ってきた技術、ノウハウを生かした製品づくりが今も続けられています。

関連サイト
瀬戸ノベルティ倶楽部(瀬戸市まるっと課HP)
ノベルティ・こども創造館 ノベルティミュージアム

アクセス
電車 名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅より徒歩15分
車  
駐車場 有(20台)

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